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たまに徒然雑記。

画集や写真集って、あってもめったに開きませんが、本棚に自分の好きな世界がおさまっていると思うと、それだけでなんとなく落ち着きますよね。
イリーナ・イヨネスコの写真集もそんなひとつ。

06080820.jpg


この写真を見て思いだす出来事があります。
いつだったか、本屋さんでいわゆるゴシックロリータの雑誌を立ち読みしていたとき、とある有名な写真家さん…仮にAさんとしましょう…が撮影した写真が載っていて、そのモデルさんがとっていたポーズが、この写真とほぼ同じだったことです。
手の表情までは忘れてしまいましたが、両足を高々とあげたそれは、まさにこの写真を思わせるものでした。

私は自分でもモデルをしますが、モデルが何も知らずに偶然こういったポーズをとるとは考えにくく、やはり、カメラマンさんからの指定によるポーズだと思うのです。
実は自分でもふざけて似たようなポーズをとって撮影してもらったことがあるのですが(ちなみに今年の「初夏の清水路」です)、背景が違いモデルが違い撮影者が違えば、同じようなポーズをとっていたとしても、「似たような写真」にはならないものなのです。

しかしAさんの場合、背景を黒などのレースやオーガンジーといった布で覆い、いわゆるゴシック&ロリータの皆さんが好みそうな調度品などをしつらえたその空間での写真。それはある種
「イヨネスコに似せて作品を作っている」
と思われても仕方のないものでした。

私は、それが模倣である、とは出来ることならいいたくありません。
インスパイアでもオマージュでも、それはそれでいいと思うのです。
でも、このAさんの写真を見た純粋な少女たちは、この写真の全て、ポーズやイメージというものもすべてAさんのオリジナル作品である、と信じて疑わないのではないでしょうか。
その企画ページに
「この写真をイリーナ・イヨネスコに捧げます」
という一文がもしあったなら、と思わずにはいられませんでした。
そこからまた、そういう文化に興味をもった少女たちが世界を広げていく…という可能性が無限にあるのに。
「私はこういう作品から影響を受けてこんなものをつくったよ。だから私の作ったものに興味をもってくれる人がもしいるとするならば、そういった作品も紹介していくから、良かったら見てみてね」
と言って、下の世代に文化を継承していく。
そんなことが、何かを表現している大人にとって、大切なことなのではないだろうか、と年下の友達が出来た昨今、とみに思うことです。

まあ、そんなわけで、自分が観て面白かった映画とか、聴いてきた音楽とか、そういったものについても、今後少しずつ書いていくかもしれません。

例えば「月蝕グランギニョル」っていう曲があったとして、そこでとっさに「月蝕歌劇団」と「東京グランギニョル」が頭の中に浮かんできたほうが、そしてその道のはじめの方には例えば寺山修司だったり丸尾末広がいたり…ということをわかっていた方が、「アリカさん以外に何もわかりません…」というよりは、文脈として俄然面白くなってくると思うのです。

例えばここに、金細工の天使があったとしましょう。
それを作っているものが純金なのか、18金なのか、金メッキなのか、ということを全て見極められた上で、あえてこの、紙粘土で作って絵の具で彩色しているものが好き、作り手の人柄がしのばれるから…といえるような、そんな人間になりたいな、と思います。

だから「耽美で薔薇で十字架」って書いてあれば、何でも好きかっていうと、決してそんなことはなくて、
「ああ、この人、こうした世界で美しいものばかりに囲まれていないと、生きていけないんだわ…」
って思わせてくれるような、そんな優雅さを併せ持った人に、退廃を感じるのです。少なくても私はね。
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